坂本工業の営業担当者が訪問先から会社に帰る途中に、駅の階段を踏み外し、足を捻挫してしまった。その際、自分の健康保険証を使用して治療を受けていたことが判明したため、労災保険に切り替える際の手続きについて、社労士に相談することにした。

 先生、こんにちは。今日は急にご来社いただいてすみません。

 いえいえ、大丈夫です。従業員の方がケガをされたとのことですが、状況はいかがですか?

 はい。軽い捻挫で済みましたので安心しました。ただ、本人が病院の窓口で健康保険証を出して、健康保険で治療を受けたようなのです。治療後に会社に戻ってきた従業員に話を聞いたところ、その状況が判明しました。この場合、どのような手続きをすればよいのでしょうか?

 なるほど。まず、いまから労災保険に切り替えられるかを病院に確認してください。切替えができる場合には労災保険で治療を受けるための用紙「様式第5号 療養補償給付たる療養の給付申請書」を提出し、代わりに病院で支払った医療費の3割(健康保険の自己負担額)を返してもらってください。

 分かりました。それでは早速本人に確認するよう指示します。もし切替えができない場合、どのようにすればよいのでしょうか?

 その場合は、協会けんぽへ連絡し、「健康保険証を使って受診したが、実は労災だった」旨を伝えてください。後日、負傷原因等を記載する書類が届きますので、そちらに必要事項を記入の上、速やかに提出することになります。

 なるほど、病院ではなく、協会けんぽの方で切替えをしてもらうということですね。

 はい、協会けんぽでは、病院から送られてきたレセプト等の確認ができ次第、医療費の返還請求を行いますので、従業員の方でいったん医療費を全額立替え、その後、労災保険へその費用の全額を請求するという流れになります。

 全額立替えとなると、大きな負担となりますね。

 そうなりますね。具体的な流れとしては、協会けんぽに自己負担額を除いた保険適用分7割の医療費を払い、労災保険の用紙様式「第7号 療養補償給付たる療養の費用請求書」にその領収書と窓口負担をした際の領収書等を添付し、労働基準監督署へ提出することになります。

 なるほど。そうすれば医療費の全額が従業員に戻ってくるということですね。しかし手続きがとても煩雑になってしまいますね。

 今後は業務時間中にケガをした場合は、たとえ軽いケガであっても窓口で勤務時間中のものである旨を伝え、会社の方にも速やかに報告することを徹底しておく必要がありますね。

 ちなみに労災事故が起きたので、死傷病報告書を提出しなければならないのですよね?

 いいえ、この死傷病報告書はあくまで労働災害等により死亡・休業した場合に提出が必要となるもので、今回は休業していないことからその提出は必要ありませんね。


 なるほど。休んでいない場合は、該当しないということですね。

>>>次回に続く



 今回は、従業員が業務上のケガで健康保険を使用した場合の手続きについて解説しましたが、ここで労災保険に加入できない法人の代表者や役員が業務上のケガをした場合の給付について解説しておきましょう。

 まず、代表者や役員が労災保険の特別加入者の場合、業務上のケガについては一定要件を満たしていれば労災保険から給付を受けることができます。しかし、特別加入をしていない場合、労災保険から給付を受けることはできず、また健康保険を使うことはできません。その結果、全額を会社あるいは本人等が負担することになります。健康保険はあくまで「業務外に起因する傷病」に対して療養の給付をする制度であり、業務上のケガに対して健康保険を使うことはできないとされていることからこのような対応になります。ただし、以下の2つの要件を満たす場合については、業務上のケガについても健康保険の給付対象とされています。

①被保険者の数が5人未満である適用事業所に使用される法人の役員であること
②一般の従業員が従事する業務と同一である業務を遂行している場合であること

※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。