坂本工業では、従業員が社有車で事故を起こしてしまい、修理代がかかることになった。そこで、従業員に修理代を弁償させることができるのか、社労士に相談することにした。

 先生、いよいよ梅雨の時季になりましたね。

 そうですね。さて、今日は、社有車の修理代のことで質問があると伺っていましたが、どのようなことでしょうか?

 はい。先日、従業員が営業先から帰る途中、物損事故を起こしてしまいした。幸いなことに従業員本人にケガはなかったのですが、車の修理に数万円の費用がかかることになりました。本人に安全運転の自覚をさせるためにも、この修理代を従業員に弁償させようと考えているのですが、問題はありませんでしょうか?

 今回は事故によって実際に会社に損害を与えていますので、その損害を従業員本人に請求することは可能でしょう。しかし、全額を請求することは難しいですね。

 そうですか。でも、なぜ全額弁済させることができないのですか?

 会社は従業員の活動を通じて事業を営み、利益を上げています。従業員は会社の指揮命令に基づき、会社のために自動車の運転を行っているのです。それを前提に考えると、事故が従業員の不注意によるものであったとしても、その責任をすべて従業員に課し、損害額の全額を請求することは難しいというのが裁判所等の考え方なのです。当然、故意の事故や重大な過失があったような場合に限っては、全額返済させるケースもあり得るでしょうけれども。

 なるほど。賠償請求には一定の制限があるということですね。それではどの程度の請求が可能なのでしょうか。

 明確な基準はありませんが、参考になるものとして茨城石炭商事事件(最高裁一小 昭和51年7月8日判決)というものがあります。これは、タンクローリー運転中に車間距離不保持および前方注視不十分等の過失による追突で使用者に損害を与えたもので、最高裁は相当な過失がある場合であっても、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度において請求することができると判断しています。そして、実際にこの事案では、従業員に対して、全体の損害額の4分の1を限度として請求することが認められました。

 なるほど。一つの目安として考えたいと思います。今回は修理代を従業員に負担させるという相談でしたが「事故を起こしたら10万円を負担させる」というルールにすることは可能でしょうか。

 そのような取扱いは、労働基準法で禁止されています。賠償予定の禁止と言い、あらかじめ事故を起こしたら10万円と損害賠償の金額を決めておくことはできません。

 なるほど。これまでのお話を整理すると、あらかじめ損害賠償の金額を決めておくことはできないが、実際に事故を起こし修理代が発生する場合は、その修理代の一部については本人に負担させることはできるということですね。

 その通りです。社有車事故の多い企業では、事故を減らすためにはどのような対策が効果的なのか頭を抱えているところもあるようですが、まず弁償については上記のような制約があることに注意をしながらルールを作っていくことが必要になるでしょう。また、そもそも事故を発生させないということが一番ですから、安全運転教育を実施し、従業員の意識を高めることは効果的な対応と言えます。それでも事故が多い従業員については、一定の期間、社有車の使用を禁止するなどの検討も考えられますね。

 そうですね。まずは今回の社有車事故の情報を社内で共有し、安全運転の意識を高めたいと思います。

>>>次回に続く



 今回は、社有車で事故を起こした従業員に修理代を弁償させることはできるのかについて解説しましたが、ここで賠償予定の禁止について補足しておきましょう。
 従業員に資格を取得させるために、講座の受講費用と受験費用を会社が負担するというケースがありますが、資格取得後にその従業員が退職してしまうというリスクもあります。そのため、例えば6ヶ月以内に退職した場合に、その費用の全額を返還させるという取扱いを検討するような例が見られます。このような取扱いについては、先ほどの賠償予定の禁止にあたることから違法であり、また一定期間、身分を拘束することになるという問題もあります。
 賠償予定の禁止については、違法という意識のないまま運用されていることが少なくありません。そのため、社内の取扱いを再点検しておくことが求められます。

※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。